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2005/06/18 「本当に女帝を認めてもいいのか」

「本当に女帝を認めてもいいのか」(八木秀次/洋泉社)読了。皇室典範を改正しないかぎり、どうもこのままでは日本の皇室はいずれは断絶しそうな雲行きになってきた。この本は、皇位継承問題と女帝容認問題について論点を簡潔にまとめており読みやすい。ただし、著者の思想的立場については、Amazonの著者紹介見てもらえば分かる通り、中立というよりやや右寄りの人ではある。

政府は皇室問題について何の知識もない素人の有識者会議を招集して、拙速に女帝容認の結論を出そうとしているように思える。しかし、千年以上も続いてきた男系相続という皇室の伝統を本当に覆してよいのか、というのが本書で書かれている著者の主張の根幹である。そして、皇室に男女同権という市民社会の原理を安易に適用するのは間違いではないのかと。

日本の皇室の歴史には確かに女帝が存在するのだが、みんなピンチヒッターで、女帝の子供が天皇になったことはない。男系の相続が1000年以上続いている。皇統について語る際、「Y染色体」遺伝について語っている本も珍しいが、これについては、過去日記「天皇家の命運、そして「アダムの呪い」」で書いたことがある。

男系相続を可能にしたシステムについて「安全装置」として触れているのも面白い。ひとつはもちろん側室制度である。歴代天皇125代のうち、正室の子供ではない庶系の出はおよそ半分の60代にも及ぶ。この装置がなければとっくに天皇家の血筋は絶えていただろう。しかし、この手法は、まさか今の世の中で、皇統が絶えるからといってオフィシャルに天皇家に適用する訳にはゆくまい。民間では西武の堤一族を見るまでもなく、結構実態としてはある話なのではあるが。

天皇家の男系相続を担保したもうひとつの安全装置があって、それが「傍系継承」だというのが著者の説明。継体天皇、後花園天皇など、先代直系ではなく、七親等から十親等の隔たりがある遠縁の男系が新天皇になった例があるのだと。ヒイジイサマの兄弟の孫が7親等であるから、確かにずいぶんと離れている。この「傍系継承」の歴史から著者が提案するのは、第二次大戦後GHQの命令で皇籍離脱・臣籍降下した天皇家の血を引く旧宮家の皇族復帰、あるいは現天皇家との養子縁組等による男系相続の維持である。

皇族には選挙権も被選挙権もない。苗字も戸籍も住民票もない。そもそも普通の日本国民とは違うのだから、確かに単純な市民社会のルールを適用しなければならない道理もないような気もするし、検討するに足るオプションであるのかもしれない。女帝容認論を唱える中には天皇制廃止論者もおり、男系相続が途絶えてから皇位の正当性を問い、最終的に皇室廃止に結びつける目的だという主張は、そのまま受け取りがたい面もあるのだが。女系を容認しなくとも皇室典範を改正しなければ、いずれ皇室は消滅するのだから。個人的には、旧宮家の皇室復帰など姑息なことをしなくとも、このまま皇統が途絶えてしまうのなら、それもまた受け入れるべき運命であるとは思うのだが。

論旨からして著者は、國學院大學でも出た謹厳なジイサマかと想像していたら、1962年生まれの早稲田卒業と著者紹介に。これには少々びっくりであった。