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2004/08/25 「華氏911 (Fahrenheit 9/11) 」を見た。

マイケル・ムーア監督の「華氏 911 (Fahrenheit 9/11)」を見た。

03年5月10日の日記で感想を書いた前作、「ボウリング・フォー・コロンバイン」同様、マイケル・ムーアが自らの主張(共和党から言わせれば悪質なプロパガンダだが)をスクリーンに叩きつけたドキュメンタリー。

前作は、「アメリカではなぜ他の先進国より飛びぬけて殺人が多いか」という問題に関する探求。それを追及するうちに、アメリカ中に恐怖と憎悪を植え付けることで巨万の利を得ている者の存在が浮かび上がる。暗示的で複雑な題材を扱ったドキュメンタリー。しかし、今回の映画は、ジョージ・ブッシュがいかに米国大統領として不適格かを訴えることに目的を絞ったシンプルな構成。

映画の冒頭、真っ暗な画面。当時録音された実際の爆発音と悲鳴だけが流れるWTCビル同時多発テロ事件は、映像がないだけにかえって衝撃的。

本編に入っても、随所に効果的な音楽が使われ、様々な素材映像をモンタージュしつつ、監督自身のシニカルかつ時としてユーモラスなナレーションが重なる。全編にあふれる疾走感。

まず、大統領選では本当はゴアが勝っていたという「フロリダ・リカウント」問題への年来のムーアの主張。これは本にも掲載されている通り。

圧巻は、フロリダの小学校訪問中に側近から同時多発テロの報告を耳打ちされ、何をするべきか分からずに7分間も呆然として小学生の歌を聞いているだけのブッシュ大統領のビデオ映像。同時多発テロの第一報を聞いて、このアメリカ合衆国大統領は7分間にわたって自分のなすべきことが分からなかった。これは恐怖さえ感じさせる映像である。

ゴルフ場で、「すべての国民に、テロリストによる殺人を止めるため、できうるすべてのことを実行するように要請したい」とカメラに向かったブッシュは、言い終わるとすぐにティーグラウンドに戻ってボールを打つ。「おい、見ろよ、この当たり」と能天気に側近に叫ぶブッシュも印象的。ブッシュは就任後最初の8ヶ月間のうち42%は休みを取ったというナレーションとの相乗効果。

イラク戦争での悲惨な場面は確かに衝撃的。もちろん悲惨でない戦争はないのだが。

「Memorable Quotes from Fahrenheit 9/11」は、「華氏911」の印象に残る部分を引用、記録してあるサイト。映画の記憶が確実に甦って興味深い。



しかし、様々な映像素材を、前後関係の説明なく細切れにして編集するこの映画の手法は、フェアでないと言われればその通り。イラク戦争による犠牲者を映した後で、TV会見オンエア前に美容師に髪の毛をセットしてもらっているブッシュ政権幹部の様子を挟み込む。オンエア前の化粧してもらう場面では誰であろうと間抜けな顔だろう。しかしいつでもそうな訳ではない。

ゴルフするブッシュの場面だけをつなげればブッシュはいつも仕事やらずに遊んでばかりいる印象を与える(まあ、実際そうなのかもしれないが)。しかし、それは証明された事実ではなく、モンタージュ手法が与えた「印象」に過ぎない。

ブリトニー・スピアーズが「私達は大統領をただ信じてついてゆけばよいのよ」と話す場面がある。推測するにこれは、政治に興味のないアイドルが、思わぬ質問されて警戒しつつ、普段あまり使わない頭をしぼって考えた教科書的回答である。しかしこれがブッシュの愚行の後にモンタージュされると、「ブッシュの支持者はみんな頭パーの愚か者」という印象を与えてしまう。マイケル・ムーアの批判精神、あるいは悪く言えばブッシュへの悪意の恐ろしいところ。この映画が反対陣営をカンカンに怒らせ、批判の嵐を呼んでいる理由がよく分かる。



「華氏911」は確かに示唆に富んだ見るべき映画であるが、同時に「MooreLies.com」のような反論ページもカウンター・チェックすると面白い。

例えば、このサイトの記事から、「Florida recount study:Bush still wins(ブッシュはやはり勝っていた)」 という記事へのリンクがある。選挙後のシカゴ大学とメディア各社合同の6ヶ月間に渡る調査結果。もしも手作業による集計をしたとしても、フロリダではブッシュがやはり数百票差で勝っていたはずという結果。

ではムーアの主張はデタラメか。そうとも言えないのがこの記事にもある「butterfly ballot」の存在。パームビーチ・カウンティでみつかった、パット・ブキャナンとゴア両方に穴をあけた5000以上もの投票。投票後に問題になったのは、このカウンティの投票用紙が、名前と穴の位置が半行ズレた実に紛らわしいフォーマットだった点。ゴアと間違えてブキャナンに穴をあけやすいものとなっていた。

ブキャナンの投票はこのカウンティだけ異常に多い。ブキャナン本人も「あれは俺の票じゃない」と述べていたほど。この票が本来の目的通りゴアに投票されていたらゴアは文句なしにフロリダで勝ち、大統領となっていただろう。しかし法律的には2つ穴を開けた投票はどんな規則においても完全に無効。法律的にはブッシュが勝った。しかしおそらく真実の勝者はゴアなのでは。それが私の個人的感想。ま、もっとも、今から蒸し返しても詮無いことではあるのだが。

要するに色んなaspectがあって、どっちが正しいとは完全に証明することは困難。ブッシュ家とサウジとの関係に関する「陰謀論」についても、一概に信じがたい。しかし、この映画が提示しているのは、ブッシュ2世がアメリカ大統領たる資質を備えているかどうかの疑問。サウジ、ビン・ラディン家との関係についてはさほど重要でもあるまい。

ムーア批判サイトにも重箱の隅をつつく反論が多く、「ムーアの映画は欺瞞だらけの悪質プロパガンダ」という共和党の主張は妥当ではない気がする。選挙戦でもTVに相手候補を中傷するネガティヴ・キャンペインが流れる国。この程度の編集は許容範囲だろう。

「攻撃計画(Plan of Attack)〜ブッシュのイラク戦争〜」の著者、ボブ・ウッドワードは、日本人ジャーナリストとのインタビューで、ブッシュ大統領について
「彼はマイケル・ムーアが言うほどアホではない。アホでは合衆国大統領になれない。優等生ではなく、本も読まず、言語表現も的確ではないが、直観力があるのだ」
と述べている。

ウッドワードを信ずるなら、「アメリカが攻撃されている」と知らされた小学校で、ブッシュの優れた「直感力」が働くまで7分間かかった。ちょっと時間かかりすぎの気がするが。

そうそう、余談だが、"For once, we agreed" という最後のナレーションは、ブッシュ大統領が"Fool me once. Shame on you."とスピーチする場面を引用して、アカデミー授賞式でのムーアのブッシュにむけての発言、"Shame on you! Mr.Bush!"を思い出させるための皮肉である。