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2001/02/26 「人類みな兄弟」への道は遠い。

そうそう、昨日書いた米国料理学院(Culinary Institute of America :CIA)には、日本人の生徒もいると、Lunar Magic、るなさんから教えていただいた。

料理ってのも一種の文化であるから、日本人に生れて西洋料理のシェフの道を、しかもアメリカで目指すってのも、なかなかに大変な道かもしれない。

もっとも日本人だからといって、日本料理の板前のように、皿洗い鍋洗いから始め、親方に高下駄で蹴りつけられたり鍋で叩かれたりしながら、「見て覚えろ」「職人だったら技を盗め」とやられたら、これはこれで近代の合理精神を身につけた人間にはある種の地獄であって、CIAでのプラグマティックな技の習得のほうがずっとよいよなあ。

フランスの高級レストランの厨房には、たいてい何名かの日本人が働いているのだという。辻調理師学園とかからの留学生もいるようだ。反面、日本の料理屋に外国人が板前修業に来てるなんて話はさっぱり聞かないなあ。

ま、こういうのも文化の一方通行と言うべきか。日本人の欧米崇拝と、欧米人の外国文化に対する無関心と。日本の閉鎖性も要素としてはあるだろう。

もっともフランスのレストランの厨房がそんなに開かれた場所かというと、これまた別で、フランスの有名レストランで働いていたある日本人シェフは、厨房のみんなが客のテーブルに挨拶に行く時に、「お前は来なくていい」と言われたらしい。

フランス人の狭量な人種差別意識を批判するのはたやすいが、しかし我々も、寿司屋に入って、アフリカンな人が寿司を握っていたらどう反応するかを思考実験してみる必要がある。

日本人でなければ握っていけないという法はない。それを拒否するのは薄汚い人種差別と言われてもしかたない。しかし、食べる気になるかというと、寿司の場合、私の場合はちょっと食べる気にはならないのである。なんと狭量なと言われようが、どうしようもない。

「あの日本人はなかなかよく働く奴だが、お客の前に出したら、なんで黄色いサルがオレの料理作ってるんだと怒る奴がいるし、店の評判も落ちるからなあ」なんてフランス人シェフが考えたとしても、まあ無理からぬ話であるような気もする。

それでは差別は無くならない。そう問われれば、まことにその通りなんではあるが、食事や食物にかかる風習、習慣、嗜好ってのは、文化の中でも割と根源的なところにあるから、排他的で独善的かつ理不尽な妄執ってのが残りやすい部分なのだよなあ。「人類みな兄弟」への道は遠い。