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2006/10/18 「ニッケル・アンド・ダイムド 〜アメリカ下流社会の現実」


「ニッケル・アンド・ダイムド 〜アメリカ下流社会の現実」(E・エーレンライク/東洋経済新報社)読了。週刊誌の書評を読んでAmazonに発注しようかと思っていたところ、撤退寸前の旭屋書店に売っていた。ギリギリまで新刊仕入れるとはなかなか感心。まあ売れ残ったらNY支店のほうに移動するのかもしれない。

著者のE・エーレンライクは化学の博士号も持つアメリカの人気コラムニスト。本の取材として自らの正体を隠して法定最低賃金に近い職に就き、その稼ぎで実際にどんな暮らしができるかを実地に体験してみるというルポルタージュ。レストランのウェイトレス、ホテルのルームキーパー、民間老人ホームのヘルパー、ハウスクリーニングサービスの係員、そしてウォルマートの店員と地域と職種を変えて、四苦八苦の耐乏生活の記録。原題のNickelは5セント硬貨、Dimeは10セント硬貨。nickel-and-dimeで「とるにたらないもの」という形容詞になるらしいが、そんな小銭にも事欠くような底辺の暮らしのレポートだ。

ウェイトレスは時給2ドル50セントにあとはチップの分配。他の職は全て時間給6ドルから7ドル程度。どの職場も法定の最低賃金をかろうじて上回る程度。ウィイトレスについては、チップの分配後の換算で最低法定賃金に満たなかった場合、雇用者はそれを補償することが義務らしいが、働いている人間は誰もそんなことを知らないとか。私も知らなかった。

興味深いのは最初の実験地フロリダ州を別として、著者が職についたのはメイン州、そしてミネソタ州という、移民が少なく白人が多いエリアであること。つまり、この本で描かれているのは、市民権を持ち英語を母国語とし、勤労意欲もあるのに、最低の賃金生活を送るというアメリカ白人の姿である。この下の階層はもう不法移民、そして最後にホームレスしか残っていない。

アメリカにいる日本人で、この底辺の生活を経験したものはまずほとんどいないだろう。人間が人間を搾取するという古典的な仕組みが、自由主義経済の覇者アメリカの底辺に、今でもこのとおり厳然と組み込まれているのだと言われれば、マルクス主義経済は信奉しない私でも、確かにと頷かざるをえないような圧巻の報告。

一ヶ月分の敷金が稼げないばかりに、結局月ぎめよりも高い値段を払っておんぼろのモーテルを泊まり歩くしかない生活。貧困者援助団体から無料で食料を貰っても、冷蔵庫が無いばかりに腐らせてしまう非効率。アメリカで、住居費がいかに低所得者層の所得を侵食し、生活の改善を妨げているか、ここまでリアルに描き出した本は珍しい。トレーラーハウス住まいというのは映画でもよく出てくるが、アメリカでは貧乏の代名詞。しかし、それすらも、おんぼろのモーテルを渡り歩く暮らしより素晴らしいと実感さえできる。そして、底辺の労働者を監視し、少しでもたくさん働かせようとする冷酷な下級管理職の姿も実に印象的に記録されている。

オーバーナイト・サクセスを許容し、誰にでも平等にチャンスがあると説くアメリカン・ドリームを信じる社会は、逆に、敗者、負け組に対して寛容ではない。本の帯には「日本にも迫りくるワーキング・プア」とある。しかし、日本の格差社会は、おそらくまだ始まったばかり。フリーターで十分暮らしてゆける日本の現状は、画一化教育、終身雇用と年功序列によって担保された「日本型社会主義」が築き上げた遺産を食い潰しているに過ぎない。アメリカで起こったことは必ず日本でも起こる。あと何十年かを予見するなら、いずれもっと大きな激変が日本の社会を襲うだろう。そんな気がした本であった。