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2006/04/30 「国家の罠〜外務省のラスプーチンと呼ばれて」

Amazonで取り寄せた、「国家の罠〜外務省のラスプーチンと呼ばれて」(佐藤優/新潮社)読了。著者は、鈴木宗男議員の訴追に関連して逮捕された元外交官。ロシア関係に独特の人脈を持ち、鈴木宗男に取り入って権勢をふるったことから「ラスプーチン」と呼ばれた男が、巻き込まれた事件の背景と政治、拘置所と検察の取調べの内幕などについて自らルポルタージュした手記。

当初本屋で見かけた時は、所詮犯罪者の自己弁護本と気にもかけなかったのだが、最近の週刊誌で、「ウルトラダラー」著者との対談・書評など偶然に続けて見て、発言が面白いので購入。ノンキャリアの専門官であるが、同志社大学大学院で組織神学を学んだという変った経歴。

ロシア高官との密着した交流や人脈をたどって得る国際情報収集の内幕、鈴木宗男の素顔や田中真紀子との軋轢、拘置所での暮らしと検察官との交流から得た「国策捜査」に関する検察の驚くべき本音など、文章も巧みであり実に興味深く読ませる。

田中真紀子を「婆さん」と呼び、自分達の世界には絶対に手を出させないよう棚上げを図る高級外務官僚達は、これまた目障りな鈴木宗男との確執を奇貨として双方を戦わせ、お互いの外務省に対する影響力を排除しようと暗躍する。そして政治の世界からも行われたように見える鈴木宗男追い落としへの策動。官僚でありながら、鈴木宗男の懐刀として奇妙な権力の構造に乗り、ロシア外交に力をふるった著者も、結果的には塀の中に追い落とされることとなる。その影にはいったい誰がいたのか。政争、権力闘争を情報の世界に生きた者の醒めた目で見たルポルタージュとして面白い。

外務官僚の実態や人物像を描いた部分も、さすがに内部にいた人間でなければ書けないリアルさに満ちている。著者の上司であった東郷欧州局長は毛並みのよい外交官一家の出身。その父親である東郷文彦元外務事務次官からは、「能力がなくやる気もない外交官よりも、能力がないがやる気のある外交官のほうが最低である。なぜなら事態を紛糾させて国益を害するから」と常に言われていたそうだ。彼の定義では、ノン・キャリアの官僚はすべて「能力のない」部類に入るはず。やる気があろうがなかろうが我々「能力のある」のより下。言った本人はおそらく意識してないのかもしれないが、ノンキャリは余計なことせずに「能力があってやる気のない」我々キャリアの下で指示通り働けという、エリート官僚の鼻持ちならない選民意識が垣間見える。ノンキャリでありながらムネヲ議員に寵愛され権勢をふるった「ラスプーチン」が「刺された」のも、おそらくこのへんの意識と関係あるだろう。

拘置所暮らしの詳細や、仲良くなった検察官とのやり取りに出てくる「国策調査」に対するやり取りも面白い。著者を担当する検察官は、著者や鈴木宗男の逮捕がいわゆる「国策調査」によるものだとしてこう述べる。いわゆる「国策捜査」は世論を満足させるためのもの。とりあえず逮捕して起訴まで行けばそれでよい。有罪になるかどうかはもとより重要でない、世論に応じて時代に「けじめ」をつけるための断罪なのだから、とアッケラカンと言い放つ検察官の言葉を、ホリエモン事件や耐震偽装事件の今後と重ね合わせてみるのも面白いだろう。

この本を一読するなら、著者の情報専門官としての力量と官僚としての国家に対する使命感がよくわかる。メディアが袋叩きにした人物とはまた違う横顔をも垣間見ることができる本。もっとも、著者にしても「情報のプロ」と自称するだけあって、自分にまずい話は慎重に選択して書いていないに違いない。起訴容疑の「背任」は、一審で有罪。外務省の金の使い方というのは、在外公館で高価なワインを何百本も備蓄したやら、領事になると家が建つやら、そもそも無茶苦茶なところがある。全盛期は権力に酔い、かなり麻痺した部分もあり、結構杜撰にやってたところだってあるのだろう。ま、しかし、一読の価値ある本であった。