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2005/11/08 「全核兵器消滅計画」

「全核兵器消滅計画」(中島彰/講談)読了。「これはSFではない。全世界の核2万発を無力化する脅威の計画」と帯にある。

この本は、高エネ研のトップも勤めた理論物理学者、菅原寛孝が説いた、ニュートリノを発する巨大加速器を使うことによって世界中の核兵器を無力化できるという「核兵器消滅計画」を解説したもの。

アメリカが原爆を製作するために立ち上げた「マンハッタン計画」で核爆発の実験を行う科学者を悩ませたのは「未熟爆発」という現象だった。プルトニウム240は自ら分裂して中性子を発する「自発核分裂」という現象を起こす。核爆発を起こすためには、プルトニウムを臨界まで圧縮するのだが、このプルトニウム240の発する中性子によって、イニシエーターと呼ばれる起爆部分が十分な中性子を発する前に、いわばプルトニウムが「早期暴発」してしまうような現象。通常の臨界核爆発の3%程度の規模のエネルギー放出で爆発が終わってしまう。マンハッタン計画の科学者は「爆縮」という手続きの採用でこの「未熟爆発」問題をクリアしてプルトニウム爆弾製造に成功したのだが、菅原は自らの信念である「核廃絶」に使えるこの現象に目をつけた。

ニュートリノ研究に使われる加速器を巨大化し、ここからニュートリノを核兵器に向け発射する。ニュートリノは地球すら貫通する超高エネルギー素粒子だが、この大量照射が物質にぶつかるとハドロンシャワーと呼ばれる現象を起こし、中性子を物質から叩きだす。そしてこの中性子が目標の核爆弾のプルトニウムに作用して「未熟爆発」を起こさせ、弾頭部分を分解してしまうというのが菅原の計画だ。まさにSFのようだが、計算上は十分可能なことなのであるという。本の解説は平易で誰にでも読める。

もちろん、この計画の実現にはとてつもない投資が必要。加速器の外周は1000キロ、現在最大の加速器の1000倍の規模。そしてそれを動かす電力には、日本の全発電量の4分の1が必要。必要資金は数兆円。しかし、強力な電磁石など技術的ブレイクスルーがあれば、計画の規模はこの数分の1、資金も数千億のオーダーに縮小するという試算も示されている。

もっとも、規模は3%とはいえど核爆弾が爆発すれば周辺を汚染する。高密度の中性子照射が周りの人間に当たれば致命的なダメージを与える。核兵器にピンポイントでニュートリノ照射が可能かなど、考えるべきことはまだまだ山積。しかし思考実験として実に面白い話。世界の軍事費は年間110兆円だという。その数パーセントで可能な計画でもある。

核の抑止力を語る際に「相互確証破壊」という概念がある。核で攻撃したら自分も相手の核による反撃で壊滅するほどのダメージを受ける。これが分かっているから核兵器は使用されないという概念。核兵器が実戦で初めて使われてから以来60年間、通常の戦争は絶え間なく起こったが、核戦争は一度も起こっていない。核兵器には通常の戦争を抑止する力はないが、核戦争を抑止する力だけは確かにあると言えるかもしれない。

核兵器が無ければ核戦争はもちろん起こらない。しかし、核兵器があるからこそ核戦争が起こらないとも言えるこの矛盾。だとしたら、巨大な投資をして核兵器を消滅させるこの本のような装置の存在意義は最初から無いということになってしまうのだが。奇想天外とも言えるが、技術面とは別に、地政学やらパワー・ポリティクスやらゲーム理論やら、他の面と一緒に世界を考える参考にすると実に興味深い本である。