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2004/05/08 「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」

「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」(マイケル ルイス/ランダムハウス講談社)。GW中の新幹線で一気に読了。実に面白い。

メジャーリーグベースボールでは、成績を金で買える。つまり高給取りの一流選手を集めれば勝てると考えられていた。MLBだけでなく日本の巨人も同じだが。しかしこの4年、選手の年俸合計がMLBでも最低クラス、ヤンキースの1/3にすぎないオークランド・アスレチックスが輝かしい戦績でプレイオフに連続進出。少なくとも貧乏球団でも成績を上げることはできるということを証明した。この本はアスレチックスの名物GM、ビリー・ビーンがいかにして少ない投資でアスレチックスを勝利できる球団にしたのかを報告するノンフィクション。

ビリー・ビーンの手法は、ドラフトやトレードで獲得する選手の選別からチームの戦略まで、すべて従来の手法とは違う。

例えば選手の獲得の戦略については、従来とはまったく違った項目を重視する。高卒の選手を取るのは金の無駄。打者の成績で重要なのは打率よりも出塁率と長打力。守備力や足の早さは考慮しない。投手で重要視するのは、被本塁打と奪三振。被安打率には意味がない。フィールド内に飛んだ打球がヒットになるかアウトになるかは偶然の産物で「打たせて取る」投手など存在しないから。

そしてチームの戦術についても独特だ。バントはアウト・カウントの無駄使いで勝利には貢献度無し。盗塁も勝利への貢献度なし。勝手な盗塁は罰金の対象。初球を打つより相手に多く投げさせ四球を選ぶ者が評価される。守備はザルだが(なにしろ守備力は評価せずに選手を獲得している)投手頼みで相手の得点を押さえる。攻撃ではとにかく出塁し、長打で得点すれば勝てるとのこと。

なんだかノムさんのID野球とはずいぶん違うな(笑)。

ビリー・ビーンがこれらのアイデアを得た原典は、ビル・ジェームズという野球マニアが出版した『Baseball Abstract』というデータ集。独特の視点からMLB試合データの徹底した分析を行い、従来の漫然とした常識をひっくりかえすような数々の仮説を提示している。例えば彼が考案した、チームの得点を算出する出す方程式がある。実際のデータに当てはめると大変に相関が高いのだが、打率や犠打、盗塁はその式の構成要素に入っていない。つまり得点力とはほとんど関係ないということである。

古典的スカウトは、昔ながらの「直感」で、「あいつは小さすぎる」「太りすぎ」「あんな珍妙なフォームでは大成しない」「球が遅過ぎる」と言う。しかしデータのみを信用するビーンは、旧来型スカウトの言い分をまったく聞かずにドラフトやトレードで選手を選択。現在までの結果を見る限り、古典的スカウトの「あれは使えない」という眼は間違っていたことが証明されているように見える。

ビーン自身が元メジャー・リーガー。しかし、「成功が約束されたオールスター級の才能を持つ」と称されながら、まったく実績を残せなかった。自分の「不成功」体験を反面教師にして、科学的データによる選手発掘に没頭するところも興味深い。

コンピュータを駆使して膨大なデータを分析するビーンの補佐役が、野球経験のまったくないハーバード出身の秀才というのも面白い話。MBAを取った秀才が、統計を駆使した科学的アプローチで意思決定を行うというのは、金融工学を導入した資産運用やヘッジファンドの世界ですでに起こったことでもある。野球に対して、この膨大なデータ分析による科学的アプローチはどこまで成功を続けるかが興味深い。本シーズンのアスレチックスは、現段階ではまだ負け越し状態。そういえば、金融の世界ではLTCMの破綻なんてこともあったなあ。

著者のデビュー作「ライアーズ・ポーカー」も債権トレーダーの実態を興味深く描いていたが、この本もエキサイティングな知的興奮を味あわせてくれる。よみやすい日本語になっている翻訳もよい。久々に面白い本を読んだ気がする。