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2004/05/02 「女ひとり寿司」

「女ひとり寿司」(湯山玲子/洋泉社)読了。題名が気になって購入したが、なかなか面白い。編集やらプロデュースやっている(余談だが、こういうギョーカイ系の自己紹介てのは、本業が何なのか実に分かりづらいね)著者が、ふと一人で入った目黒の高級寿司屋で「虐待」される。逆に寿司屋のオヤジを見返してやろうと一念発起して「ひとり寿司」にハマって行った女性の寿司屋紹介本である。

最近でこそ、吉野家などでも女性の一人客を見かけるようになったし、バーでも女性一人客は珍しくあるまい。しかし、さすがに高そうな寿司屋は、女性ひとり客にはいまだ敷居が高いだろう。男性にとっても敷居が高いのだから。

戦後数年して書かれた北大路魯山人の「握り寿司の名人」という文章には、その当時の寿司屋について、「女の立ち食い、腰掛け食いが驚くほど増えてきて、男と同じように「わたしはトロがいい」(中略)と生意気をやって噴飯させられることもしばしば(中略)寿司においてはいちはやく男女同権」と見える。しかし、状況からみて、当時普通に寿司屋に出入りしてたのは、やはり花柳界とか水商売関係の女性ではなかろうか。

この本に掲載されているのは、「ヴォーグ ニッポン」の取材で行った寿司の名店揃い。取材のお金であちこち回れるのもうらやましいな。「弁天山美家古」、「あら輝」、「さわ田」など、知ってる店の部分を読むのも面白いが、著者の観察眼はなかなか鋭く、行ったことのない店でも店内の雰囲気やら客層が彷彿としてくる。

総じて昨今の有名寿司屋では、(敷居は依然高いものの)きちんと予約してからのれんをくぐれば、女性一人でも特に嫌な思いをすることもない事が読み取れる。それだけでもこの本の功績というか。逆に稀な客としてチヤホヤされるような場面も出てくる。そういう面では案ずるより生むが易しか。しかし、私の個人的経験では、「しみづ」では何度か女性の一人客を見かけたが、いつも行く他の寿司屋ではまず遭遇したことがないなあ。

この著者は、寿司屋に入ると、まず冷や酒でツマミ、そして握りというのがスタイル。酒飲みを毛嫌いする「すきやばし」でも、お昼にまず冷や酒から入っているのはなかなかエライもんである。自分のスタイルで胸を借りてぶつかって行く挑戦者の気概を感じる(笑)。

まあ、確かに昨今では、一人で美味い魚系のツマミを食べてお酒を飲もうとすると、寿司屋のカウンタが一番よい場所。「昔は酒は蕎麦屋で飲むものだった」と言う原理主義者もいるが、一部の高級蕎麦屋を別にして当の普通の蕎麦屋がそういう場ではなくなってしまった。前出の魯山人の文章では、「このごろの者は、寿司を酒の肴に楽しんでいる。寿司食いのアプレである」と述べているが、逆にすでに50年以上前から人々は寿司屋でお酒を飲んでいたことが分かる。この第一世代も、すでに大部分が鬼籍に入ったジイサマ達。1950年に「アプレゲール」ということは、2世代経った今ではもう世間の常識というものだろうか。

寿司屋の案内書としては、読んで面白く買って損のない本。ただ、重箱の隅ではあるが、あとがきで銀座「久兵衛」が全部「九兵衛」となってるのがご愛嬌。次の版では校正されるだろうか。