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2003/07/31 「サリンジャー戦記 翻訳夜話2」

「サリンジャー戦記 翻訳夜話2」(村上春樹/柴田元幸/文春新書)読了。

村上春樹が新たに翻訳した「キャッチャー・イン・ザ・ライ」だが、著者のサリンジャーは翻訳者による解説を拒否。解説抜きで出版された。以前の日記でも、村上春樹はさぞや残念だったろうと書いたが、やはり転んでもタダでは起きない。それでは、と、翻訳仲間の柴田元春と共著で、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」とその翻訳について語り、解説も載せた本を自分で出したわけである。

村上春樹は、いかにも計算高く、商魂たくましく見えるところが好きではない。「ノルウェイの森」上下2分冊が出版された時の、本屋の平積みの棚という棚を独占した暴力的ともいえる初版の部数。毒々しいカバーの色とともに、まさに売らんかなの商魂が現れている気がして、実に感心しなかった。著者の責任ではない? いや、あれは村上春樹の意志だと思うのだが。小説家の魂と商売人の魂は共存しうるのだ、きっと。

村上春樹は、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は、高校時代に一度読んだだけで、特に好きな小説と言う訳でもなかったと語っている。今回の翻訳にあたっても、まったく読み返していないと。もしもこれが本当なら、名訳と言われる野崎訳に対して失礼な話でもあるし、あえて対抗して新訳を出す必要もないのでは。一度しか読んだことないというのは、村上春樹がカッコつけて言ってるのだという気がする。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は、世界で一番売れた小説のひとつ。「オレが翻訳したら、これまた売れまっせ」と思ったのが翻訳の動機ではないかと邪推したくなるのはそんなところだ。

対談の相手、柴田元春は、村上の翻訳をチェックしている東大文学部の助教授。「ホールデンが語りかける2人称「You」とは誰か。これをどこまで翻訳するか」、と村上春樹があれこれ語る部分もなかなか興味深い。この「You」をどう訳すかなかなか苦労があったようだ。

しかし、サリンジャーに限らず、英語で多用される「You」には、訳出する必要もない用例もずいぶん多いのではないか。試みに英和辞書を引くと、【総称で一般の人をさすYOU】という項目がある。解説にも、「日本語に訳さないほうがよい場合が多い」、とされているれっきとした用例である。

You never can tell(先のことなんか分からないよ)などという奴だ。この場合の「You」は、話者に向き合っている「誰か」のことではない。主語を使わざるをえないが、誰と特定するでもない用法。これは注意すると、nativeの会話にはよく出てくる。サリンジャーの原文は読んだことないのだが、こういう「You」が多用されているのだとすると、ホールデンは、病院で誰に話すでもなく、ただ漫然とひとりごとのように語っていることになるのだが。