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2003/07/23 「へルタースケルター」〜完璧な美貌を持つフリークス。

「へルタースケルター」(岡崎京子)読了。普段コミックは読まないし、著者も知らないが、週刊文春のマンガ書評にこの本が、「幻の傑作ついに単行本化」と紹介されていたので買ってみた。

大柄でデブでブスだった少女。彼女は、その完璧な骨格をモデル・エージェンシーの女社長に見出され、違法医療を行う秘密クリニックで完璧な全身改造をほどこされる。美のサイボーグと化したモデル「りりこ」の上昇と転落、そして破滅。

メディアが支える大量消費社会。大衆の空恐ろしい欲望は美や若さを使い捨てにしてゆく。「りりこ」は消費され、自らの肉体と精神を使い尽くし、そして周りの者をもむさぼりつくす。内部から腐敗し崩壊してゆく改造された肉体と、終わりの予感、そして出口の見つからない狂気。

ストーリーやプロットには、実は目をみはるようなものはない。しかし、ふとしたセリフによって鮮やかに描き出される人物像と、心をえぐるような印象的エピソードを叩きつけてゆく語り口が素晴らしい。まるでよくできた映画のよう。退廃的なエロティシズム。そして疾走するスピード感。「りりこ」の独白は、自らの孤独を鋭く切り出し、やがて破滅への叫びとなってゆく。

違法医療を摘発する検事の麻田の存在も興味深い。骨格と顔の筋肉の動きのアンバランスさから「りりこ」が完璧な美貌を持つ造り物のフリークスであることを見抜く冷静な男。「若さは美しいけれども、美しさは若さではないよ」という独白は、物語にある種の救いと深みを与えている。

モデル・エージェンシーの「ママ」と呼ばれる女社長も実に興味深い人物。皮一枚の美で全てが変わることを知り尽くしている女。美醜も彼女にとっては単なる商売。だからこそ、彼女は「りりこ」の製作に投資し、メンテナンスにも金を使い、壊れるまでに投資を回収しようとする。すべてはビジネス。

そして、自己崩壊の危機を脱して消え去る「りりこ」。血まみれの壮絶なエピソード。

題名の「へルター・スケルター」はビートルズの曲名。

When I get to the bottom I go back to the top of the slide
Where I stop and I turn and I go for a ride
Till I get to the bottom and I see you again.

Do you, don't you want me to love you
I'm coming down fast but I'm miles above you
Tell me tell me tell me come on tell me the answer
You may be a lover but you ain't no dancer.

Helter skelter Helter skelter Helter skelter.

物語のラストは、破滅からの再生であり、ある種の救いを暗示しているのか。それともまた新たな地獄の物語の序章なのか。実に感心したコミックだった。

著者の岡崎京子は、この作品の連載終了後の1996年に、飲酒運転の車にはねられ、長いリハビリ中。この単行本化にあたって、著者はほとんど直接の加筆訂正はしていないようだ。おそらくできるような状態ではないのでは。タイガー・リリィの新たな冒険が描かれる日が来るのだろうか。この、恐ろしくも美しく魅惑的な物語の続きがもう描かれないとしたら、実に残念なことなのだが。