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2002/11/20 「天才と分裂病の進化論」 アダムとイブの狂気

本日の午前中は社外で会計に関する会議。エンロンやらワールドコムやらの不正会計事件は、極論すれば対岸の火事ではあるが、会計監査法人はセンシティヴになっており(まあ、あのアーサー・アンダーセンが潰れたのだから当然だが)アメリカ基準で財務諸表を作成する場合には、収益の認識基準適用などが、かなり厳格になってきたりしているわけである。まあ、うちは関係ないのだが。はは。

「天才と分裂病の進化論」(デイヴィッド・ホロピン/新潮社)読了。著者は、精神分裂病を研究してきた医師である。

精神分裂病は、世界のどの人種でも発生率がほぼ同じ。このことから著者は、精神分裂病は、人種が分離する前に人類に現れた病気に違いないと推論する。また、精神分裂病は、人類に偉大な貢献をした芸術家や科学者の家系に現れることが多いと。そして、ある種の必須脂肪酸の欠乏が精神分裂病を引き起こすという臨床上の発見。サルとヒトとの動物としての差は、体内や脳に蓄積された脂肪にあり、人間の脳の乾燥重量の6割が脂肪であるという。

上記のような知見から、この著者は、精神分裂病の発生を、人類進化のある時期と結びつける。旧人類の中に、突然変異により、脳細胞接続の爆発的な複雑化とともに、ある種の脂肪酸をより多量に必要とし、脳内の脂質代謝システムを大きく進化させた個体が生まれた。この突然変異は、人類に抽象的な思考能力を与え、音楽や美術や宗教を生む。しかし同時に、あるいは脳進化の必然として、人類には精神分裂病という病気が取りついたのではないか、いや、ひょっとすると、精神分裂病の個体そのものが、人類の精神発達に重要な役割を果たしたのではないかと。

著者によれば、現代でも、真に偉大な精神を輩出した家系に精神分裂病が多くみられるのは、この病気が、真のホモサピエンスになる精神の飛躍的進化と共に人類が背負った宿命的な病気だからであり、偉大な精神を持つ家系ほど分裂病の遺伝子を多く保持しているのではないかということになる。

読んでいて大変に面白いが、どのような家系に精神分裂病が多いのか、という事実や、必須脂肪酸投与による精神分裂病病状の改善などの、本書の論旨のキイになる前提について、著者は納得に足る統計や根拠を示したとは言えない。まあ、一般向けの読み物であるから、めくじらたててもしかたない。しかし、人類進化の過程と精神分裂病の発生が、本当に関係あるとしたら、実に興味深い話である。



「精神分裂病」は、「schizophrenia」という医学用語の翻訳。この用語が、「精神そのものが分裂する」という誤解と偏見を助長するとして、日本精神神経学会は、今年の6月にこの病気を「統合失調症」と呼ぶことに決めた。しかし、厚生労働省は、世の中の趨勢をもう少し見てから用語の切り替えを判断するというスタンス。そういう過渡期であるので、「分裂病」という用語を使用していると、この本には用心深い注記がついている。

「精神分裂病」という言葉の響きは適切ではないかもしれないが、「統合失調症」というのも、不定愁訴全般を表すという印象。いったい何の不調を表しているのか、いかにも分かりづらくないだろうか。安易な言い換えは、「『言葉狩り』をすれば差別が無くなる」という、無邪気で単純な精神を持った人の自己満足であり、肝心の誤解や偏見の除去にはちっとも役立たないという気がするのだが。まあ、病気の名前だけに微妙な話ではある。

ところで、この本の原題は、「The Madness of Adam and Eve: how schizophrenia shaped humanity」「アダムとイブの狂気:精神分裂病によって"ヒト"となった人類」という意である。やはり、英文の題名のほうが、シンプルで迫力がある。