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2001/05/19 「修復士とミケランジェロとシスティーナの闇」

昨日の夜は、「修復士とミケランジェロとシスティーナの闇」(青木昭/日本テレビ)読了。イタリア、システィーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロ壁画修復計画のスポンサーとなった日本テレビは、この修復作業を番組として長期間追い続けた。その取材にあたったプロデューサーが修復の過程を綴ったドキュメンタリー。

カラーの口絵がたくさん入っており、たいへんに美しい。97年にミラノに行った時には、折から修復作業中だったレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」を見たが、歴史的美術品の修復というのは大変な仕事である。

しかし、この修復作業が始まると、「ミケランジェロの色彩を無視して、勝手にけばけばしい色を付けている」、「深みのある陰影を洗い落として、画面をうすっぺらなものにしている」という批判が上がった。

実際の修復は、長年のうちにつもった煤や汚れを取り、昔の保存過程で原始的な手法として塗られたニカワと、後世の加筆を取り去っただけ。

暗いススけた荘厳な画面から、突然甦った驚くべき明るい色彩。パステルカラーとさえ言える鮮やかな色調の、数々の聖書の物語や、超大作「最後の審判」は、実はミケランジェロが書いたオリジナルそのものの色調であった。



ミケランジェロの「最後の審判」は、その荒唐無稽な表現から物議をかもし、取り壊される寸前であったという。確かに、この壁画は、奇妙なところだらけだ。

天空から降臨する天使達には、翼もなく、頭上の輪っかもない。画面左下からは墓場から甦る数々のゾンビ。ミケランジェロが当初全裸で描いた聖女カテリーナは、後の激しい批判から壁ごと削除され、代作者によって着衣の像に描き変えられている。

中央で、端正で悲しみさえたたえているかのような顔のイエス・キリストには、不釣合いなほど逞しい筋骨隆々の肉体。聖母マリアはその横で無関心に顔をそむけている。イエスの左の、聖パウロと聖ペテロの顔に浮かんでいるのは、歓喜ではない。驚愕と底知れぬ恐怖である。

壁画右下にいる、地獄の門番ミノスは、当時の法王庁の式典長チョゼーナそっくりに描かれており、身体にまきついた蛇が、彼の男性器に噛み付いているところまで描かれている。

全体としての印象は、むしろ旧約聖書的だ。イエスの顔で中央に座っているのは、ナザレ人ヨシュアではなく、旧約の「ねたむ神」「わたしを憎むものには、父の積みを子に報いて、三、四代におよぼす神」であると考えたほうが、全体の印象に近い。

聖母マリアが死せるイエスを抱きかかえるモチーフは、彼が得意とした彫刻だが、ミケランジェロが最晩年に製作したロンダリーニのピエタでは、聖母の顔もイエスの顔もほとんどその形を失う。

ミケランジェロは、89歳と、当時としては奇跡的な長生きであったが、60歳の時の作品、「最後の審判」と比べると、彼が現世ローマ教会に絶望し、信仰を失って行き惑うさまが、見て取れるような気がするのは、うがちすぎだろうか。