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2001/01/06 「裸のサイババ」〜ぼくたちの外側に神を見る時代は終わった〜

今朝はのんびり起床。昼過ぎから、「裸のサイババ」(パンタ笛吹/VOICE)読了。ぼくたちの外側に「神」を見る時代は終わった。との副題がついている。この3連休で部屋の片付けをしようと思ってたのだが、本なんか読んでる場合じゃない時に限って読書が進むのも困ったもんだ。

青山圭秀の「理性のゆらぎ」、「アガスティアの葉」で日本でもすっかり有名になった、「インドの聖人」サティア・サイババ。この本は、アメリカでロックンロール寿司バーを経営する精神世界オタク、パンタ笛吹が、サイババの起すという数々の奇跡のトリックを暴き、その犯罪的行為を明かにするというルポルタージュ。

パンタ笛吹は、前著の「アガスティアの葉の秘密」でも、青山圭秀がすっかりダマされて感激してしまった「全人類の運命を数千年も前に全て記載したアガスティアの葉」の謎に挑んだ。自分の運命が記載してあるという、あの葉は、何度も何度も繰り返される誘導尋問から新しく作られたまがいものである。精神世界好きから金を巻き上げる、インド人のあくどい商売であることが、前著を読むとよく分かる。こんどの本で取り上げたのは、もっと大物のサイババ本人。

手のヒラを下に向けてクルクル回してから、何もない空中から「ビブーティ(聖なる灰)」やら金の鎖やらを「物質化」するサイババお得意のパフォーマンス。だが、ビデオ映像によってこのパフォーマンスが、あらかじめ手の指の間や座っている椅子に物を隠していることが分かるというのが、パンタ笛吹の言う、第一のサイババの欺瞞。

もっとも、この点については、すでに日本のワイドショーや特別番組でも、灰の固まりを指の間にはさんでいるシーンが何度も放映されている。あれがトリックであることは定説であって、たいした驚きではない。

奇跡がトリックであるという指摘に対する反論としては、「しかし、サイババは、寄進を使い、大きな病院を建てて無料で貧者を診療し、貧乏な子らを教育する学校を幾多も建設して社会奉仕をしている。あのパフォーマンスは、信仰を強固にさせるための方便である」というものがある。

しかし、パンタ笛吹は、ハードロックカフェのオーナーの寄進で建てられた豪勢な「サイババ病院」の中はガラガラで、ロクなスタッフもおらず、ほとんど診療行為も行われていないこと、そして、「サイババ学校」で学んでいるのは貧乏な子供ではなく、金持ちのサイババ信者の子弟のみであると、この本で述べている。これが、パンタ笛吹の言う、第二のサイババの欺瞞。

そして、最後に、おそらく一番衝撃的なのは、サイババは少年愛に偏したホモセクシャルで、無数の信者の少年に性的虐待を加えているというパンタ笛吹が実際に面談して採取した数々の証言だ。

インタビューと称する少数の信者とのセッションの後、気に入った少年を別室に連れこみ、性的なイタズラを行い、時には性行為も強制していたという事実が、実際に被害にあった数々の元信者の証言によって語られている。これが事実ならば、(そして、多くの信者が実名で登場していることから、どうも事実であろうと思われるのだが)サイババは聖者でも神の生まれ変わりでもなんでもない。ただの薄汚い犯罪者である。

「理性のゆらぎ」以降、日本にも無数のサイババ・ファンがいる。インドのアシュラムにも、サイババに会うために日本人が大勢滞在しているらしい。隠された真理や、魂の救済や、本当の神を求めれば求めるほど、インチキ宗教やインチキ聖者にたやすくひっかかってしまう。これは、オウム真理教や、「定説のオッサン(←名前忘れた)」に限らず、飽きるほど繰り返された哀しい事実だ。

サイババの偶像も地に落ち、いつかは全世界の信者が離反する時が来るだろうか。もっともサイババはすでに70代。名声が地に落ちる前に、おそらく本人が亡くなるだろう。それにしても、真実の聖者というのは、この地球上には存在していないと諦観の念を起させるような本である。サイババよ、お前もかって気がするな。聖者がいるのは、今ではドラゴンクエストの中だけか。

余談で付け加えるなら、被害にあった少年達の証言であるが、たいへんに奇妙な点が共通してひとつある。別室に連れこまれ、サイババと2人きりになって性的行為を強制される際には、サイババは興奮して、少年達の下腹部にオイルを塗りたくるのだが、ほとんど全員がこともなげに、「サイババはオイルを自分の手の平に物質化した」と述べているのである。

群集の前で物質化の奇跡を演ずるためなら、あらかじめビブーティの固まりを手にはさんでトリックを演じもするだろう。しかし、密室で少年にいたずらする時にまでオイルを隠し持って「物質化」しなくてもいいのではないだろうか。はたしてサイババは、「本当に奇跡を起す力のある変質者」なのか、あるいは、「自分の欲望に溺れる時でも手品を忘れない根っからのペテン師」なのか。まあ、どちらにしてもトンデモナイ野郎に変わりはないが、この点についてはちょっと興味がある。