「6月22日以降の朝日新聞の社説がファビョってる」
そう通報を戴いて早速読んでみた、ビックリした。
元々朝日がマトモじゃない事は分かっていたつもりだが、ここまで酷いともうマスメディアの自負なんて金繰り捨てて総力を挙げての自民党に著しく不利になるような不公平な偏向報道を仕掛けてきていると断言して良いだろう。
本当は一つ一つ朝日のキチガイ偏向ッぷりを指摘しようにも、これだけ波状攻撃されるとこっちも対応できないよ。兎に角、選挙前のドサクサで言うだけ言って証拠を消すような真似はさせないよう、ここにリファレンスとして記事を記録しておく:
朝日新聞の世論調査で小泉内閣の支持率が40%に急落し、不支持は42%と支持を上回った。
原因は明らかだろう。年金改革と自衛隊の多国籍軍参加という二つの大きな問題で、首相の姿勢に疑問と不安が膨らんでいるのだ。
年金の未納・未加入問題にフタをし、特権が問題視されている議員年金の改革には手をつけない。国民の多くが反対した年金改革関連法を成立させてから、出生率1・29という数字を公表する。じゃんけんでいえば「後出し」だ。
極めつきは「人生いろいろ、社員もいろいろ」という国会での首相答弁である。かつて世話になっていた企業で、勤務実態がないのに厚生年金に加入していたことを問われての発言だった。
これには反省したかと思いきや、首相は昨日の党首討論会でも「あれで良かったと思っている」と述べ、ごていねいにも「人生いろいろ」を繰り返した。
民主党の岡田代表は討論会で「自民党も抜本改革の方向性を示すべきだ」と迫った。しかし首相は「とにかく議論していこう」ぐらいのことしか口にしなかった。年金改革ともからむ消費税率の引き上げについても、「自分の任期中は上げない」というばかりだ。
もう一つは、イラクに派遣した自衛隊が多国籍軍に参加する問題である。
世論調査では6割の人がそれに反対と答えた。自民支持層に限っても賛否は真っ二つだ。首相が国会論議抜きでブッシュ米大統領に方針を伝えたことは、全体の7割が問題だとしている。
自衛隊は多国籍軍の指揮は受けない。あくまで日本独自の指揮下にある。首相はそう説明し、米英両政府から了解も取ってあると語ってきた。
ブッシュ米大統領と盟友という首相のことだ。トップ同士の約束だと思った人も多いのではないか。ところがところが、公使レベルで交わされた口約束だったというのだから驚きである。
野党からの批判を受け、政府は口約束を文書にして国会に出した。「政府間で確認された公式な了解」で、日本の公使と英外務省高官や米国務省高官とのやりとりだという。その「高官」が誰かは外交上の秘密だというのも解せない。当事者や内容がはっきりしてこそ、「公式」なものといえる。
文書には「多国籍軍の統合された司令部の下」で人道復興支援する、とある。
「統合された司令部」とは国連決議の「ユニファイド・コマンド」を指すのだろうが、これは「統一された指揮」と訳すのが普通だ。指揮下に入らないと言いたいがための「誤訳」ではないか。参院特別委員会の理事会で「英語版を出せ」という声が出たのも当然だ。
あさっては参院選の公示日だ。永田町では「面白みに欠ける選挙」との声が少なくないが、はたしてそうだろうか。
風向きは微妙に変わってきた。
いまさら参院に向かって、「良識の府」に戻れなどとは言うまい。しかし、それにしても、比例区に立候補する人たちの顔ぶれを見ると、参院らしさとは何なのかと頭を抱えてしまう。
自民党はまたまた官僚OBや業界代表に加え、スポーツ選手を並べた。女子プロレスの神取忍(かんどりしのぶ)氏とスキーの荻原健司氏である。前回に続いて、まるでプロレスラーと元五輪選手の候補枠ができたかのようだ。
3年前は「改革ファイヤー」と連呼したプロレスラーの大仁田厚氏が初当選した。イラク特別措置法案を強行採決した外交防衛委員会で、野党議員に立ちはだかって自民党の委員長を守った。やはりプロレス出身の馳浩衆院議員とリングで試合をした「史上初の国会議員プロレス対決」でも話題を振りまいた。
これに続け、とばかりに立てるのが神取氏だ。約170センチの長身にりりしい顔立ちで、女性ながら「ミスター女子プロレス」と呼ばれる。関節技や神取スペシャルと呼ぶ数々の必殺技が評判だ。
格闘技は若者たちに大人気だ。プロレスラーは技術と体力だけでは務まらない。ここぞという場面で観客の期待にこたえて必殺技を繰り出す演技力が要る。
プロレスラーは実力の世界を生き抜いてきた。その厳しい経験は議員活動に生かせるのかもしれない。
けれど、政党が頼るのは、そんな選手としての資質ではない。「若者の票を集められる」と踏んでのことである。その得票によって、ほかの候補者も引き上げることができると計算する。それはスポーツ選手にとって、なんとも悲しいことではないか。
一方、民主党は「すべての武器を楽器に」と訴える喜納昌吉氏を立てる。喜納氏の考えは、有事法制に賛成した民主党の政策とはズレもありそうだ。前回、大量得票で当選しながら党の政策と対立し、半年で議員辞職した大橋巨泉氏のことをつい思い出してしまう。
参院では、市川房枝、青島幸男、宮田輝、中山千夏氏ら著名人が上位を占めた80年を最後に、全国区を比例区に切り替えた。各党は当初、学者や知識人らを名簿の上位に置き、党の政治姿勢を訴えようとした。同時に、サラリーマン新党などの小政党が議席を得たほか、92年には日本新党が登場するなど、比例区には衆院とは違う風が吹いた。
それが前回の01年から、政党名でも候補者名でも投票できる「非拘束式」になり、自分の名前を多く書いてもらった候補者が当選できる仕組みになって、事情が変わった。テレビなどで顔を売っている人が立候補しやすい旧全国区のような状態に戻ってしまっている。
政治家としての資質よりも集票力で候補者を並べる。こんなことが続くなら、参院に試合中止を告げるゴングが鳴る日も近いかもしれない。
参院選挙が公示される。小泉首相の政治をよしとするのか。それとも待ったをかけるのか。来月11日の投票日に有権者が問われるのは、そこだ。
自民党総裁としての任期は2年後の秋まである。この参院選さえ乗り切れば政権は安泰だ。それが首相のもくろみに違いない。自民党が過半数を回復すれば、なおさら自信を深めるだろう。
任期中はもう衆院を解散せず、改革ざんまいだ。首相が与党議員との会合でそう勢い込んだのは、今年2月のことだった。納税者の利益になる改革ならそれも結構と言いたいところだが、昨今の小泉政治を見れば、フリーハンドなどとても与えられる状況ではないと思う。
この選挙では年金改革と自衛隊のイラク多国籍軍への参加が焦点となっている。課題の重さもさることながら、首相の手法の強引さやごまかしがあまりにひどいからである。選挙公約を見る前にまず、首相がやってきたこと、今やっていることに審判を下さなければならない。
最新の出生率を伏せて無理やり通した年金改革法には、条文の間違いまで見つかった。首相のずさんな答弁に官僚も右へならえか。しかも、抜本改革は先送り。有権者は「人生いろいろ」発言に鷹揚(おうよう)なほど太っ腹だろうか。
多国籍軍参加について、首相は「他国の武力行使と一体化せず、非戦闘地域で日本の指揮で活動する」と言う。この説明にうなずけるか否か。将来にわたって国の針路を変えるかも知れない政策変更を、国会に諮らずに決めた首相のやり方も見過ごすべきだろうか。
小泉政権が誕生した3年余り前、国民は前例のない高支持率で歓迎した。だがこの間、国民は本当に政治を自分たちの手にたぐり寄せて来ただろうか。
首相の人気が絶頂だった時期の前回参院選で、自民党は息を吹き返した。ところが投票率はむしろ以前より下がって戦後3番目の低さを記録した。昨秋の総選挙にしても、小選挙区の投票率は6割に満たぬ戦後2番目の低さだった。
小泉首相の登場が、政治を身近に感じさせたことは間違いない。だが、国民は政治をみずから動かすよりも、観客として楽しんだり、怒ったりする段階にとどまっているのが実態ではなかろうか。
小泉首相が気づかせてくれたのは、社会保障も安全保障も、そうした「お任せ民主主義」ではうまくいかないということだ。現状を変えたいなら、投票しないことには始まらない。
景気は良くなってきた。明日も何とかなるだろう。そんな空気も漂う。首相は盛んに改革の成果だと胸を張る。だが本当にそうか。遅々として進まぬ小泉改革への不満は経済界にも広がっている。
まずは首相の言葉に、与野党それぞれの主張に耳を傾けたい。自分の明日は今日と同じでいいのか、悪いのか。18日間の考えどころである。
「分かりやすく、お互いが支え合っていく制度に」。参院選の第一声で、小泉首相はみずから成立の旗を振った改革法のことは脇に置き、「抜本改革」を訴えた。民主党の岡田代表は「改革法は中身もひどいが、やり方も我慢できない」と攻め立てる。
保険料が未納だったり、未加入だったりの議員たち。参院での自民、公明両党の強行採決。後出しジャンケンさながら法律の成立後に出生率などのデータを公表した政府。そんなあり様をまのあたりにし、有権者の多くが憤りと不安を募らせている中での選択の機会である。
年金は高齢者だけの問題ではない。働き盛りの世代はもちろん、これから長く高齢者を支えることになる若い世代も、この選挙にしらけてはいられない。
では、どの党が本気なのか。三つの大事な視点がある。
第一に、抜本改革を実行しようとする覚悟を本当に持っているかどうかだ。
年金改革法に基づく政府の改革は早晩行き詰まる。想定した以上に出生率の低下が急で、少子化が進むからだ。雇用の形が変わり、厚生年金や国民年金というように、働き方で負担も給付も違う制度が時代に合わなくもなっている。
めざすべき改革の方向は一元化だ。自民、公明、民主の3党はそうした方向で協議するとの合意をかわしたが、選挙公約のなかでの扱いには差が歴然だ。
民主党はマニフェストの冒頭に一元化を掲げた。それに対して、自民党は社会保障の全般的な見直しのなかのひとこまだ。一元化には自民党支持層からの抵抗が強い。公明党の公約もそっけない。
第二は、国民の負担増という問題から逃げていないかどうかだ。
年金がこんなに痛んだのも、過去の政治家たちが選挙を意識し「負担は軽く、給付は多く」という姿勢を続けてきたからだ。しかし、かつてはそれを喜んだ有権者も、もうそんなことはしていられないと気付き始めている。負担増が避けられないとなれば、負担をいかに公平なものにできるかが問われる。
政府の改革は保険料を14年間連続で引き上げるが、保険料が年金の種類で異なり、不公平感がぬぐえない。民主党は最低限の年金を保障するために年金目的消費税をつくると明言した。共産、社民両党は負担増より他の政府歳出を削って年金に回すよう主張する。
第三は、政党の信頼度だ。議員の未納・未加入にどう対応したかが、判断材料になる。民主党は党首が責任をとって辞任した。公明党は神崎代表らの未納を公表したが、法案の衆院通過後だった。自民党は公表を最後まで拒んだ。
泥船の年金制度に乗る老後
本紙の「朝日川柳」欄への投句である。泥舟を安心できる船に作り替えるのはどの党か。よく見きわめなければ、みなの老後は本当に立ち行かない。
暫定政府への主権の移譲を来週に控えたイラクで、反米勢力の爆破テロが激しさを増している。5都市での同時攻撃で、1日に約100人もの死者が出た。
攻撃は組織的で、使われた爆薬も大量だ。狙いは、主権移譲を妨害し、米英を後ろ盾に発足した暫定政府をつぶそうということに違いない。これに対して米軍は、アルカイダ系とみられる武装勢力への空爆を行っている。パウエル米国務長官も「深刻な事態だ」と、今後への楽観的な見方を戒めざるを得なくなった。
こうした暴力の連鎖が続くと、暫定政府支持勢力と反米勢力との内戦にも発展しかねない。そんな危機的な状況のなかで、これから治安維持の正面に立つことになるのが多国籍軍である。
その多国籍軍への自衛隊の参加問題をめぐり、参院選挙に向けた与野党の主張が真っ向からぶつかりあっている。
小泉首相は昨春のイラク侵攻以来、一貫してブッシュ米大統領を支持してきた。開戦の大義が次々と覆ろうと、占領政策の誤算が重なろうと、そんなことは関係ないと言わんばかりに、イラク戦争は「正しい選択であり、将来必ず評価される」と言い続けている。
イラクがテロリストの巣になるのを放っておくのか。自衛隊は戦争にではなく、人道復興支援に行くのだ。これから治安が安定すれば、自衛隊の活動地域を広げることもいい。そう国民に説く。
主権を取り戻したイラクがイラク人の手で安定に向かうことは、確かに望ましい。しかし、見通しはきわめて厳しい。今のイラクを見る限り、首相の言葉には耳を疑いたくなるような印象ばかりが募る。公明党も基本的に首相のイラク政策を追認する。
民主党の岡田代表は戦争の正当性を疑問とし、むしろテロを拡散させたと批判する。多国籍軍への参加に突っ走った首相を厳しく批判し、自衛隊の撤収を主張する。自衛隊の派遣は、イラクに選挙による本格政権が生まれ、治安が安定してから考えるべきことだというのだ。
共産、社民両党はどんなことがあれ自衛隊を送ってはならないと言う。
多国籍軍への参加についての首相の説明のあいまいさや国会を素通りした手順を野党が批判するのは当然だ。
しかし、多国籍軍参加だけが問題なのではない。戦争の是非はともかく、国の再建にどう協力するのか。自衛隊を撤収させるとしたら、それがもたらすだろう日米関係への悪影響にどう耐えるのか。国際テロを封じ込める有効な方策は何か。そんな課題から誰も逃げられない。
イラク戦争は米欧同盟に亀裂を生み、アラブの対米不信を広げ、世界を変えた。これからの世界でどういう針路をとるか。米国とどう向き合っていくのか。参院選はそれを選択する機会でもある。
投票日までの間に、開戦からのこの1年3カ月を問い直してみたい。
ただの不勉強なのか、憲法9条改正に道を開こうとする確信犯としての行動なのか。小泉首相の言葉が短絡的で粗雑なことには慣れっこだが、これは事が事だけに、黙っているわけにはいかない。
「米軍が日本と一緒に戦っている時に、米軍が攻撃された時に、日本を守るために一緒に戦っているのに米軍と共同行動できない、集団的自衛権を行使できない、それはおかしい」
最近の参院選討論番組での発言だ。「憲法を改正し、日本が攻撃された場合には米国と一緒になって行動できるよう」にしたいとも語った。
まず、この発言には事実認識の誤りがいくつもある。
日本が攻撃を受ければ、日米安保条約が発動され、米軍が行動する。その米軍が日本の領域や周辺で攻撃されれば、自衛隊が一緒に戦う。それは首相が言うような「できない」ことどころか、安保の根幹としてもともと認められている。
おまけに、それは憲法が認める個別的自衛権の行使であって、首相が言うような集団的自衛権の行使うんぬんの話ではない。だから憲法を改正する必要などないのだ。歴代政権が何度となく国会でそう表明してきてもいる。
自衛隊の最高指揮官たる首相がそれらを知らなかったのなら驚きだが、そんなことはあるまい。とすれば、日本有事にかこつけて、しかし日本有事に限らず世界のどこででも、自衛隊が米軍と一緒に行動できるようにしたいという意図があっての発言かと疑わざるを得ない。
イラクであれ、どこであれ、地球規模で米軍と共同行動ができるようにするということなら、日本の大転換だ。もしそれを意図しているのなら、ごまかさずに堂々とその考えを訴えるべきである。
米政府は、日本が集団的自衛権を行使できるようにすべきだと期待を表明してきた。それが「世界の常識だ」と語ったのはアーミテージ国務副長官である。
イラク戦争を支持し、事実上の戦地に自衛隊を送り、多国籍軍参加を国会抜きで決めた首相。そしてこの発言だ。
首相は言いっ放しにしてはならない。与野党はこの発言を素材に大いに論戦してもらいたい。有権者も、防衛論議は分かりにくいからと避けずに、よく吟味しよう。参院選がいよいよ重くなった。
参院選の候補者たちは切なかろう。
「衆院のコピー」と皮肉られてきた参院だが、前の国会では、小泉首相と民主党の当時の菅直人代表がそろって二院制の見直しを主張した。今のような参院は要らないということである。
投票する方だって切ない。政治を動かすうえで、参院に衆院と違う役割があると考える人がさほどいるとは思えない。だからといって、その昔「良識の府」と呼ばれ、党派的な利害で動く衆院を優れた見識で牽制(けんせい)した「参院らしさ」への期待が消えたわけでもあるまい。
二院制は世界では少数派だが、先進国には珍しくない。第二院の性格はそれぞれの国の成り立ちを反映している。ドイツの連邦参院議員は州政府の代表。フランスの上院は地方議員らによる間接選挙で選ばれる。英国の上院は貴族院だ。
フランス革命の指導者シェイエスが「第一院と意見が一致するなら要らない。異なるなら有害だ」と述べたと言われるように、第二院不要論は昔からある。実際、上院の権限が強大な米国などを別にすれば、第二院の権限はどこも第一院より弱い。
ただ、ふたつの院がここまで似通ってしまったのは日本だけだろう。なぜか。参院が弱いからではなく、強すぎるからだというのが本当かも知れない。
例えば、衆院が通した法案を参院が否決した場合、それを成立させるには、衆院は3分の2以上の賛成で可決し直さなければならない。与党にとって高い壁だ。となれば、衆院の言うとおりに動く参院にする方が都合がいい。
しかも問題は、参院がみずからのそうした強さを生かして自立しようとしないことだ。例えば参院自民党は、党の基盤である全国的な業界や団体の利益代表という色彩が濃い。衆院と補い合って自民党を自民党たらしめているわけで、参院の独自性は生まれにくい。比例区制度の導入も、政党支配をいっそう強めることになってしまった。
参院が衆院のコピーになり、両院の間の緊張が失われれば、政策をめぐる議論は深まらず、国会は与党が数で押し切るだけの世界になる。
もっとも、弱い参院に制度を変えてコピーの呪縛から解き放ちさえすれば、まっとうな議論が生まれると期待するのも素朴に過ぎる。一院制だろうと二院制だろうと、政権交代がない国では、政治全体に緊張感が出てくるはずもない。
投票日まであと1週間。年金にせよ、イラク問題にせよ、ここは参院の強さを逆手にとり、小泉政権の3年を審判する一票を投じるしかない。
だが同時に、候補者の資質にも目をこらしたい。たんに政党の言いなりになるのでなく、自分自身の見識や世界観を持つ人。そして、参院の役割を大事にする人。そんな議員を増やせるなら、参院は捨てたものではなくなる。
参院選の投票日まで1週間を切った。各紙の情勢調査は、小泉首相が就任以来の苦境に立たされていることを示している。だから焦りもあるのだろう。首相が街頭演説で、自衛隊をイラク多国籍軍に参加させた手順に異を唱えたマスコミを「反米」だと決めつけた。
「野党の皆さん、一部の反米のマスコミの皆さんは、自分に相談しないで勝手に決めたと批判している。批判する方がおかしい」「世界の首脳といる時に『国会、野党と相談します』、そんなことで総理大臣の役割が務まりますか」
朝日新聞や毎日新聞の社説は、小泉首相が多国籍軍への参加を真っ先にブッシュ大統領に伝えたことや、国会抜きで閣議決定したことを批判した。それを「反米」と言うのなら聞き捨てならない。
たとえ首相の言う通り、活動がこれまでと変わることはないとしても、多国籍軍への参加は、憲法や外交政策の根幹にかかわる大きな政策転換だ。国会に諮らずに決めて済む問題ではない。
多国籍軍の指揮下には入らないからご安心を、という説明にも、はいそうですかと納得できない。だから、世論はいまなお参加に反対が多数派なのだ。
それにしても、それがなぜ「反米」なのか。イラクで日本人が人質になった時に、自民党議員が国会で「反日的分子」という言葉を使ったが、一国の首相ともあろう人までが、とんでもなく乱暴なレッテル張りで国民の気を引こうとする。憂慮すべき風潮だ。
朝日新聞はイラク戦争に反対し、自衛隊の派遣にも反対した。反米だからではない。ブッシュ政権の単独行動主義が世界や日本、また米国自身にもたらす悪い影響が心配でならないからである。
多様で開放的な米国社会や、民主主義の懐の深さに私たちは深い敬意を抱いている。9・11事件で米国民が受けた衝撃と、テロに対する怒りにも共感する。日米安保条約は大切だとも考えている。だからこそ、国際協調をないがしろにして力に頼り、迷走してしまったブッシュ政権に異議を唱えざるを得ないのだ。
首相には世界や米国のありのままの姿が見えているのだろうか。多国籍軍への参加国は増えていない。米国内ですら、過半数の人々がイラクへの派兵を誤りだったと考えているという世論調査の結果も最近公表された。小泉首相の物差しでは、それもこれもみな「反米」となるのだろうか。異なる意見には耳を貸さない首相の姿勢は、米国が世界に誇る伝統とは相いれないものだろう。
米国との良い関係は大事である。だがそれを保つやり方はいろいろあってよい。米政権のご機嫌をとろうと無理を重ねれば、国民の間にかえって嫌米的な空気を育むことにもなりかねない。
首相の「反米」発言は、投票にあたって目を凝らすべき争点をまた一つ浮き彫りにしてくれた。
以下、随時追加


